渚ようこ(以下渚)が阿久悠の新作、旧作を平成の世に問うミニアルバム「渚ようこ meets 阿久悠〜ふるえて眠る子守唄」のレコーディングが、7月、目黒にあるゲイリー・スタウト(以下ゲイリー)のホームスタジオ(WHAT`S UPスタジオ)をベースに行われた。以下はそのレコーディング日誌である。


WESTSIDEスタジオにて。
渚ようこ(左)と、
鎌倉生まれマネージャー氏(右)。

6月16日(水)
 表参道にあるグロビュール音楽出版の会議室で渚、ゲイリー以下オールスタッフの初顔合わせの日。CD収録曲のデモを聞きながらミーティングを行う。今回のテーマの一つが「作家と歌手の(いい意味での)せめぎ合い、裏切り合い」なので、事前にこざかしい注文は付けず、ゲイリーにはただ「メチャクチャ好き勝手やって欲しい」とだけエールを送る。今回のプロジェクトに「お約束」はいらないのだ。ともあれ「渚ようこ meets 阿久悠 meets 英国人アレンジャー」による不思議なコラボレーションの旅が始まった! 余談だがゲイリーのマネージャー氏は、鎌倉生まれのファンキーなアメリカ人で、今回の収録曲の「ハッピーじゃないか」(1972年・初代日清カップヌードルCMソング)を日本でリアルタイムで聞いたという。ほんの小さな事でも共通のキーワードがあるというのは大切なことだ。何となくいい気分になる(Ah,想い出の樹の下で)。

7月7日(水)
 いよいよレコーディング開始!マネージャー氏から18時頃スタジオに来るよう連絡が入る。今夏は異常と思えるほど連日猛暑。この日もスーツを着ているのが馬鹿らしくなるくらい暑かった。スタジオに入ってもゲイリーが冷房嫌いなのでほとんど外気と変わらず涙する。頼みは2台の扇風機のみ(Ah,気絶するほど悩ましい!)。イギリス人は冷房が苦手…なのか?
 WHAT`S UPスタジオは2LDKの自宅マンションにマネージャー氏の手造り(!)の2畳ほどの防音ブースが設置されたアットホームな造りなのだが、音の良さは全然普通のスタジオに引けを取らない。 第1日目は「ふるえて眠る子守唄」のアレンジから始まった。英国人のゲイリーが浜圭介の強烈にインパクトのあるメロディーをどう料理するか期待と不安が募る。意表をつくヨーロッパ調のアレンジに合わせて渚が唐突に歌い出す。その瞬間ゲイリーの起用が間違いでなかったことを確信。DUBBYでマニアックなTRACKの上に乗る祈りにも似た渚の歌声…明るい道筋が見えて来た!
 このまま曲を完成させると思いきや、マネージャー氏曰く「ゲイリーはパズルのように曲を取っ替え引っ替えして部分部分アレンジしていく」らしいので今日はこの時点で一同解散だと言う。1日1〜2曲アレンジ完成という予想で来ただけに面食らったが、これがゲイリーのやり方らしい。目黒駅で渚と別れる。気がつくとスーツは汗びっしょりだった。


WHAT`S UPスタジオにて。
歌のテイクバックを聞く、
渚ようこ(左)とゲイリー氏(右)。

7月12日(月)
 今日も…暑い。いよいよ歌録り開始。渚が喉の不調を訴えたため14時スタートを16時に変更。「ふるえて眠る子守唄」を彼女が歌い出す。たしかに、ふだんの調子ではない。本人もそれを気にしてか中々ペースに乗れず苦戦する。1時間半程歌って終了。ゲイリーは後は編集するというが、渚の実力はこんなものじゃないだけに少々残念な気持になる。休憩を挟んで2曲目「世迷い言」がスタートするが、やはりもう一つ乗り切れない様子なので結局この日は喉の大事を取って終了し明日仕切り直してやることに。長いレコーディングこういう日もあるとは思いつつ、一抹の不安がよぎる。

7月13日(火)
 今日も全国で熱中症続出の暑さ。16時、昨日録れなかった「世迷い言」からスタート。前日の喉の不調が嘘のように快調に飛ばして行く。この曲はCOVERだが昨日と打って変わって完全に自分のものになっている(Ah,あざやかな場面!)。スタッフ一同ホッと胸をなで下ろす。2曲目の「とても不幸な朝が来た」も渚にとっては元々ライブの定番曲だけに難なく終了。今日の彼女は本当に楽しそうだ(だが、ニコニコ、はしていない。)。帰り際に渚に「昨日は何だったの?」と聞くと、シレッと「月曜日は調子わるいんです」と言われる。さすが月曜日の女…。


WHAT`S UPスタジオにて。
録音したVOCALを聞く。
左からグロビュールM氏、マネージャー氏、
渚ようこ、ゲイリー氏。

7月14日(水)
 あいかわらず猛暑が続く(Ah,きわどい季節!)。今日は千歳船橋にあるスタジオでギターダビングの日。ギタリストは日本屈指のプレイヤー今剛氏だ。昨日までホームスタジオだったのに今日は日本一のギタリストを招いてのレコーディング…今回のレコーディングの不思議なバランスにあらためて呆然とする(まぁ毎日サプライズがあって楽しいのだが)。今回の演奏は打ち込み中心なので、今氏のギターが入る事で曲がどう変化するか楽しみだ。何より日本一のギタリストをこの目で見れる事に興奮する。
 この日特筆すべきポイントが2点あった。1点は「とても不幸な朝が来た」のエンディングにギターソロが入るのだが、スタッフ一同見守る中コンソールルーム内でヘッドフォン無しでギターを弾いていた今氏が突然「デカイ音でやりたい」とゲイリーにリクエスト。突如コンソールルーム内が耳をつんざく程のMAX轟音ライブハウス状態に…(Ah,じんじんさせて!)。これにはゲイリーも「CRAZY!」を連発。異様な空気の中、今氏は当然のように一発でソロを決める。R&R!長身長髪の物静かな仙人風の男の内なる狂気を垣間見た瞬間だった。もう1点は最後の「OTOME」の時に起こった。この曲はギターと歌の弾き語りによるアレンジなので渚も今氏と一緒にブースに入る。打ち込みのピアノのガイドだけを頼りに渚と今氏の緊張感溢れるセッションが始まる。ブース内で二人はまた別の位置に仕切られているのだが、凄いことにお互い全く目線を合わせていないのに完璧に息が合っている!初対面の今氏を前に全く臆することなく自分の世界を作り上げる渚、淡々とした中に静かに炎を燃やすかのような今氏のギター…まるで居合いの達人同士の炎天下での一騎打ちを見るかのような、肌に粟立つセッションだった。こういう瞬間にレコーディングのMAGICを感じずにはいられない。
 本来ならここで終了なのだが、今氏のギターにインスパイアされたのか、渚は突然初日に録った「ふるえて眠る子守唄」の再レコーディングを主張(Ah,気まぐれヴィーナス!)。だが、スタッフ一同彼女の心意気に感動する。結果、これも初日とは比べ物にならないくらいGREATなテイクを残す。こうして歌録りもいよいよあと2曲を残すのみとなった。先が見えて来た!


WHAT`S UPスタジオにて。
アレンジの打ち合わせをする、
渚ようこ(左)とゲイリー氏(右)。

7月15日(木)、16日(金)
 15日は「月曜日の女」、16日は「ハッピーじゃないか」の歌録り。初日以降渚は日に日にテンションを上げていて、集中力も素晴らしい。ゲイリーとのコミュニケーションもバッチリだ。2曲共難なくこなし、遂にオケ録りが終了する!

7月20日(火)、21日(水)
 いよいよ2日にかけて深沢にあるスタジオでトラックダウンが行われる。連日暑い暑いと書いてきたが20日は猛暑というより何十年ぶりだという酷暑。だが、ゲイリーはもの凄い集中力で作業を進めて行く。1曲ごとにロビーに顔を出すのだが、声を掛けられないほど凄い形相だった(Ah,夜叉のように!)。あとで聞いたところ、この2日間徹夜で作業をしていたとか…。
 ゲイリーの神技のおかげで21日の21時に遂にトラックダウン終了!どの曲も歌が全面に出ていて素晴らしいのだが、特にタイトルトラックの「ふるえて眠る子守唄」が飛び抜けている。早く皆さんの耳にお届けしたい!疲労を引きずりながらもレコーディングが終了した達成感で、スタッフ一同爽やかな笑顔でスタジオを後にする。連日のハードなスケジュールにかかわらず渚は涼しい顔でみずからが営む新宿の「汀」に向かって行った…(Ah,街の灯り)。


WESTSIDEスタジオにて。
今剛氏(右)のギター録りを、
見つめる渚ようこ(左)。

 こうして炎天下の中、約2週間に渡るレコーディングが終了した。最後まで様々なサプライズとスリルが渦巻くレコーディングであったが、結果的に「渚ようこ meets 阿久悠 meets 英国人アレンジャー」という不思議なコラボレーションの旅は大成功であった。意欲作「渚ようこ meets 阿久悠〜ふるえて眠る子守唄」、10月20日の発売を楽しみにお待ち頂きたい!(文中敬称略)
 
あんでぱんだん特派員 T・F